1. 解析手法の概要
免震シミュレータは、免震建物を一質点系(SDOF・上部構造を剛体とみなす)または せん断型多質点系(MDOF・上部構造を弾性とみなす)にモデル化し、 免震層の非線形復元力(バイリニア+Masing則)を考慮した 非線形時刻歴応答解析を行うツールです。 時刻歴積分には Newmark-β法(β=1/4・平均加速度法)または Wilson-θ法(θ=1.4)による直接積分法を用います (解析モデル・積分法はツール右上の「⚙ 設定」で選択。既定は Newmark-β法)。 すべての計算はブラウザ内の JavaScript で実行されます。
解析は次の手順で進みます。
(多質点時は層剛性・減衰・固有値解析も)
2. モデル化の前提
| 項目 | 前提 |
|---|---|
| 上部構造 | 剛体1質点(全層重量を集約、層数は描画専用)/せん断型多質点(各層の重量+弾性層剛性、自由度 = 層数+1)のいずれかを設定で選択 |
| 自由度 | 水平のみ(上下動・回転は考慮しない)。1質点: 免震層変位の1自由度。多質点: 各床の水平変位(層数+1 自由度) |
| 免震層 | 復元力特性をバイリニア型(初期剛性 K1・第2剛性 K2・切片荷重 Qd)でモデル化 |
| 履歴則 | Masing則(除荷・再載荷は骨格曲線を2倍に拡大した曲線に従う) |
| 上部構造の剛性 | 多質点時のみ。各層の弾性層剛性 k [kN/cm] を表に直接入力、または基礎固定1次周期 T1 と Ai 分布から自動生成 |
| 減衰 | 免震層は粘性減衰なし(履歴減衰のみ)。多質点時の上部構造には剛性比例型粘性減衰 C = (2h/ω₁)·Kupper(h は設定値、ω₁ は基礎固定1次円振動数)を考慮可能 |
| 積分法 | Newmark-β法(β = 1/4・既定)または Wilson-θ法(θ = 1.4)による増分形直接積分(不平衡力持ち越し付き) |
| 単位系 | kN・cm・s(内部計算)。変位の表示は mm |
3. 運動方程式と単位系
地動加速度 ÿg を受ける一質点系の運動方程式(相対変位 x)は次のとおりです。
M·ẍ + Q(x, ẋ) = −M·ÿ_g M : 質量 = ΣW / g ΣW : 層重量の合計 [kN](屋根〜1階の全層) g : 重力加速度 = 980.665 cm/s² Q(x, ẋ) : 免震層の復元力 [kN](バイリニア+Masing則、変位と履歴に依存) ÿ_g : 地動加速度 [cm/s²]
粘性減衰項 C·ẋ は持ちません(C = 0)。免震層のエネルギー吸収は 復元力特性の履歴ループ(履歴減衰)によってのみ表現されます。
4. 免震層の復元力特性(バイリニア骨格曲線)
免震層(積層ゴム+ダンパー等)の水平力 Q と水平変位 D の関係を、 2本の直線で表すバイリニア型でモデル化します。 入力値は次の3つです。
| 記号 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| K1 | 初期剛性(第1分枝の勾配) | kN/cm |
| K2 | 第2剛性(第2分枝の勾配、K2 < K1) | kN/cm |
| Qd | 切片荷重(第2分枝を延長したときの Q軸切片) | kN |
骨格曲線(初載荷時の Q-D 関係)は次式で表されます。
|D| ≤ up1 のとき: Q = K1·D
|D| > up1 のとき: Q = sign(D) · { K1·up1 + K2·(|D| − up1) }
= sign(D)·Qd + K2·D (第2分枝)
5. Masing則による履歴ループ
地震応答中の除荷・再載荷経路は Masing則に従います。 すなわち、速度の符号が反転した点(反転点)を原点として、 骨格曲線を縦横2倍に拡大した曲線をたどります。 これにより紡錘形の履歴ループが形成され、ループ面積が吸収エネルギー(履歴減衰)に対応します。
状態変数:
K : 履歴分岐の深さ(1 = 骨格曲線上)
D : 拡大倍率(骨格曲線 = 1、分岐曲線 = 2)
U0[·], V0[·] : 各反転点の変位・復元力(スタック)
各時間ステップの処理:
1. 速度符号が反転(ẋ_m · ẋ_m−1 < 0)したら
反転点 (U_TN, V_TN) を前後ステップの内挿で求めてスタックに積む(K++)
以後は D = 2 の拡大曲線に乗り移る
2. 現在の分岐の始点側の変位を追い越したら(内側ループが閉じたら)
外側の分岐へ復帰(K −= 2。K ≤ 3 なら骨格曲線 K = 1 へ戻る)
3. 復元力の評価:
Q = D · f( (x − U0[K−1]) / D ) + V0[K−1]
f(·) : 4章のバイリニア骨格曲線
6. 時刻歴積分(Newmark-β法/Wilson-θ法)
運動方程式は増分形に直し、Newmark-β法(β = 1/4)または Wilson-θ法(θ = 1.4)で逐次積分します(「⚙ 設定」で選択。既定は Newmark-β法)。 Wilson-θ法は、時刻 t 〜 t+θΔt の間で加速度が線形に変化すると仮定する無条件安定の陰解法です (θ ≥ 1.37 で無条件安定)。 Newmark-β法(β = 1/4, γ = 1/2)は時間区間内の平均加速度を一定と仮定する無条件安定の陰解法で、 数値減衰を持たない点が特長です(Wilson-θ法は高振動数成分をわずかに数値減衰させます)。
6.1 積分定数
θ = 1.4, Δt = 地震波の時間刻み a0 = 6 / (θΔt)² a1 = 3 / (θΔt) a2 = 6 / (θΔt) a3 = θΔt / 2 a4 = a0 / θ a5 = −a2 / θ a6 = 1 − 3/θ a7 = Δt / 2 a8 = Δt² / 6
6.2 各時間ステップの計算
ステップ m(時刻 t_m)ごとに:
1. 有効剛性: k̂ = k_m + a0·M
k_m : 免震層の瞬間剛性(下記 6.3)
2. 有効増分荷重: ΔR̂ = M·( −θ·(ÿg_m − ÿg_m−1) + a2·ẋ_m−1 + 3·ẍ_m−1 )
3. 増分変位: Δx = ΔR̂ / k̂
(プログラム上はコレスキー分解による連立方程式求解。
本ツールは1自由度のためスカラー除算と等価)
4. 応答の更新:
ẍ_m = a4·Δx + a5·ẋ_m−1 + a6·ẍ_m−1
ẋ_m = ẋ_m−1 + a7·(ẍ_m + ẍ_m−1)
x_m = x_m−1 + Δt·ẋ_m−1 + a8·(ẍ_m + 2·ẍ_m−1)
5. 復元力の評価: Q_m = Masing則(5章)で x_m, ẋ_m から算定
6.3 瞬間剛性の更新
非線形性は、各ステップの変位増分と復元力増分から求めた割線剛性を 次ステップの瞬間剛性として用いることで追跡します(逐次剛性更新法)。
k_m+1 = |Q_m − Q_m−1| / |x_m − x_m−1| 変位増分が微小(|Δx| ≤ 10⁻⁶)な場合は前ステップの剛性を据え置く
6.4 Newmark-β法(β = 1/4・平均加速度法)の場合
設定で Newmark-β法を選んだ場合は、拡大ステップ θΔt を用いず Δt 上で直接増分を解きます。 有効剛性と有効増分荷重、応答更新式は次のとおりです(γ = 1/2)。
1. 有効剛性: k̂ = k_m + (4/Δt²)·M + (2/Δt)·C
2. 有効増分荷重: ΔR̂ = M·( −(ÿg_m − ÿg_m−1) + (4/Δt)·ẋ_m−1 + 2·ẍ_m−1 )
+ C·( 2·ẋ_m−1 ) ※ β=1/4 では C の加速度項係数は 0
3. 増分変位: Δx = ΔR̂ / k̂
4. 応答の更新:
ẍ_m = (4/Δt²)·Δx − (4/Δt)·ẋ_m−1 − ẍ_m−1
ẋ_m = ẋ_m−1 + (Δt/2)·(ẍ_m + ẍ_m−1)
x_m = x_m−1 + Δx
6.5 不平衡力の持ち越し(equilibrium correction)
単純な増分法では、折れ点をまたぐステップで生じた不釣合力(接線剛性による予測と 実際の復元力の差)が蓄積し、時間刻みが粗い場合に応答を過小・過大評価することがあります。 本ツールでは、前ステップの運動方程式の残差(不平衡力)を次ステップの 有効増分荷重に加算することでこれを解消しています。
res_m−1 = −M·(ẍ_m−1 + ÿg_m−1) − C·ẋ_m−1 − Q_m−1 (運動方程式の残差) ΔR̂ ← ΔR̂ + res_m−1
6.6 多質点系への拡張
せん断型多質点モデルでは、上式の M・C・K がマトリクス(自由度 N = 層数+1)になります。 各ステップの連立方程式はコレスキー分解で解きます。 上部構造の層バネは弾性(Q = k·δ)、免震層バネのみバイリニア+Masing則です。
M = diag(m_1, …, m_N) 質量マトリクス(各床 m_i = W_i/g) K = せん断型三重対角マトリクス 層バネ k_i と免震層瞬間剛性から組立 C = (2h/ω₁)·K_upper 剛性比例型減衰(免震層の行は 0) h : 上部構造の減衰定数(設定値、既定 2%) ω₁ : 上部構造(1F固定)の1次固有円振動数 K_upper : 上部構造の層剛性のみで組み立てた剛性マトリクス
この C は基礎固定系の r 次モードに対し減衰定数 ξ_r = h·ω_r/ω₁(1次でちょうど h)を与えます。 免震層のエネルギー吸収は履歴減衰のみで表現する方針のため、C への免震層の寄与はゼロとしています。
固有値解析は、質量で基準化した標準固有値問題 A = M−1/2·K·M−1/2 を Jacobi法で解き、固有周期とモード形を求めます。 表示する固有値解析結果は上部構造のみ(1F床位置で固定した基礎固定系)のものです。 免震層は剛性が変形に応じて変化する(バイリニア)ため、固有値解析には含めません。
7. 入力地震波と振幅調整
7.1 内蔵地震波
次の5波形を内蔵しています(加速度時刻歴、単位 cm/s² = gal)。
| 波形 | 地震名 | データ点数 | 時間刻み dt |
|---|---|---|---|
| EL CENTRO-NS (1940) | Imperial Valley 地震 | 2,680 | 0.02 s |
| TAFT-EW (1952) | Kern County 地震 | 2,728 | 0.02 s |
| HACHINOHE-NS (1968) | 十勝沖地震 | 3,600 | 0.01 s |
| HACHINOHE-EW (1968) | 十勝沖地震 | 3,600 | 0.01 s |
| KOBE JMA-NS (1995) | 兵庫県南部地震 | 1,600 | 0.02 s |
7.2 最大速度による振幅調整
免震構造の設計では入力地震動を最大速度(Vmax)で基準化するのが慣例です。 本ツールでも、各波形の原波の最大速度に対する倍率をあらかじめ求めておき、 選択した Vmax(25・50・75・100 cm/s)に応じて加速度時刻歴全体を定数倍します。
調整倍率 = (原波の Vmax を 25 cm/s に基準化する係数) × (指定 Vmax / 25)
例: EL CENTRO-NS の 25 cm/s 基準化係数 = 0.747
→ Vmax = 50 cm/s を指定すると倍率 1.495 を全データに乗じる
「任意のVmax」を指定した場合も同じ式で任意の整数値に対応
7.3 カスタム地震波
| フォーマット | 処理 |
|---|---|
| K-NET ASCII | 防災科研 K-NET の強震記録。ヘッダーの Sampling Freq(Hz) から dt = 1/f を、Scale Factor xxxx(gal)/yyyyyy から換算係数を自動取得し、数値データに乗じて gal に換算 |
| 数値テキスト(汎用) | 加速度値(cm/s²)の羅列。区切りはスペース・カンマ・タブ、行頭「#」とアルファベットを含む行はコメント扱い。dt は別途入力。振幅調整はなし(原波のみ) |
8. 計算結果の表示
| 表示項目 | 内容 |
|---|---|
| 最大変位 |D|max | 免震層の相対変位時刻歴の絶対値最大 [mm 表示] |
| 最大せん断力 |Q|max | 免震層復元力(= ベースシア)の絶対値最大 [kN] |
| 上部最大層間変形 | 多質点時のみ。上部構造各層の層間変形の絶対値最大と発生層 [mm] |
| 上部最大加速度 | 多質点時のみ。上部構造の各質点の絶対加速度のうち最大の値と発生階 [cm/s²] |
| 上部構造の固有値解析結果 | 多質点時のみ(既定では折りたたみ表示)。上部構造(1F床位置で固定・免震層は含まない)の固有周期・振動数(〜5次)と1〜5次モード図 |
| アニメーション | 建物の水平変位を 1 px = 1 mm で描画(時間は実時間相当で再生)。多質点時は各床を実寸の応答変位で描画(層間変形の誇張表示はなし) |
| Q-D 関係図 | 右パネルに履歴ループをリアルタイム描画(軸は最大値で正規化) |
| 入力地震波 | 下部パネルに加速度時刻歴と再生位置カーソルを表示 |
9. 検証例
サンプル「K神戸邸」を用いた計算例です。ツールで同じ条件を選ぶと再現できます。
入力値: ΣW = 69,352.63 kN(4層合計)、K1 = 840.72 kN/cm、K2 = 61.49 kN/cm、Qd = 5,831.03 kN
折れ点変位: up1 = Qd / (K1−K2) = 5,831.03 / 779.23 = 7.48 cm
初期剛性の周期: T1 = 2π√(M/K1) = 1.82 s
第2剛性の周期: T2 = 2π√(M/K2) = 6.74 s(免震周期)
解析結果(剛体1質点・Newmark-β法): |D|max = 130 mm、 |Q|max = 6,628 kN
最大変位 13.0 cm は折れ点変位 7.48 cm を超えており、免震層が第2分枝まで 変形して履歴減衰が働いていることが Q-D 関係図のループからも確認できます。 Wilson-θ法を選んだ場合もほぼ同じ結果(|D|max = 130 mm、|Q|max = 6,628 kN)となります。
10. 適用範囲と制限
- 上部構造は剛体または弾性 — 剛体1質点モデルでは上部構造の層間変形・高次モードの 応答増幅は評価できません。せん断型多質点モデルでは弾性範囲の層間変形・高次モードを評価できますが、 上部構造の塑性化は考慮しません。
- 水平1方向のみ — 上下動・2方向同時入力・ねじれは考慮しません。
- 免震層は粘性減衰なし — オイルダンパー等の速度依存型減衰は表現できません。 免震層のエネルギー吸収はバイリニア履歴(履歴減衰)のみです (多質点時の上部構造には剛性比例型粘性減衰を考慮できます)。
- 免震層の特性は一定 — 面圧依存・速度依存・温度依存などの特性変化、 引抜き・ハードニングは考慮しません。
- ステップ内の平衡反復なし — Newton-Raphson 等の反復は行わず、 割線剛性の逐次更新と不平衡力の持ち越し(6.5節)で非線形性を追跡します。 折れ点近傍で微小な数値誤差が生じ得ます。
- 学習・検討用途 — 本ツールは免震構造の挙動理解を目的としたものです。 実設計には使用できません。
11. 参考文献
- 大崎順彦『建築振動理論』彰国社